今日は趣味の部屋コーナー。
読書家には有名な、橘玲さんという方がいます。
エビデンスをもとに徹底した分析と精査を経て主張を強化していく話の展開に対してはもはや誰もぐうの音も出ません。
しかし、橘さんに限らずエビデンスベースで語ることのできる、整合的説明のできる事柄も時間も限られているのは、読書家ではない方々にも普遍的な肌身感覚としてわかるはずです。
科学的思考はたこつぼ化の危険性をはらんでいる。

典型例が教条主義者や、あるいは自分の精緻で合理的な知識体系を養護しようとエゴに走るあまりに例外的特別な事柄を普遍化しようとヒステリックにわめく偉い先生たちもたくさんいらっしゃいます。
レヴィ・ストロースや丸山眞男とかそうですね。
かつて僕も尊敬してやまぬ先生方でしたが、参考にするには水先案内人が必要でした。
抜け出すまでにどんなに時間がかかったことか。
マルクス主義者や、パレオダイエッターや断糖ダイエット理論最強論者も同じくです。
理論や思想を絶対に養護するべく、次々に証拠となる理論を集めてくる。

理論は所詮理論です。
現実が寄り添わなくなったらお別れスべきなのにね。
理屈倒れというやつです。
さて、タイトルにあるエマニュエル・トッドさんとは、フランスの在野の学者さんです。
在野の方ですが、世界中にひっそりと生息するプレモダニズム思想・思考の知識人や変人(オレみたいなやつですね)に愛好されています。

プレモダンの思考法の核は、アナロジー。
「それってメタ思考的類推のことですよね?」
っと突っ込まれても平気なのは、そういうニヒリズムに対する強靭な精神や高潔な精神、ないしは僕のような捻くれながらも矜持は持っている一匹狼達には、一生懸命生きることへの価値が在るから、価値を見出しているからなのです。
ひろゆきの切り抜きは僕もたくさん見ますし、彼の論考に聞くべきところはたくさんありますが、彼は間違いなく心の底からのニヒリストです。
それを支持する僕よりも若い世代を見ていると、まるで戦時下のように思える、これがアナロジカルな思考です。
おかしいなと思えるのは、僕がニヒルなようでいて(よく言われるのですが、それは人を見る目がないだけだと思うのですが。僕は結構熱くなるタイプです。)人生に価値をちゃんと見出すタイプだからです。
ニヒルの王を推しにする社会を、何か変だと思わないのかと言いたいのです。

以前の趣味の部屋で紹介した押井守監督は、こんな話をしています。
「映画のパトロンって誰だかわかる?一般大衆なの。その大衆が見たがる映画なんか僕は作りたくないわけ。江戸の頃なんかは町人文化には町人文化なりの洗練された言語空間と言論空間があった。大衆にも大衆なりに教養を求める気概があったわけ。今は味噌も糞も一緒。現代の映画なんてすべてマーブル一色みたいなものじゃん。これって何かに似てない?戦時下だよ。」
ダボス会議ではユヴァル・ノア・ハラリという学者が推しになって世界のアカデミアや政治家に支持されていますが、単純な論理で世界を力の体系で万力のように締め上げる人類社会と分断される普通の暮らしを営む人々の姿を見ていると、歴史のアナロジー、すなわち歴史は繰り返すという言葉を思い起こさずに入られません。
(支配者の思想すき)

どうにもニヒリストと価値の体系を見出そうと足掻く人との違いを見分けられない頭がいいだけの人が多い気がします。
読書は毒書にもなりえる、彼らは伝統や習俗、宗教、民族、国家、家族、無くなりそうで無くならない物を無視した結果、自分以外の多くの者を、特に未来ある若者たちを道連れにしようとしてはいないのだろうか。
読書の世界は危険です。
僕もそうでしたが、アナロジカルな思考による知識の体系化とその語りかけはまったく論理的ではありえないからです。
論理的ならば、それは少なくとも哲学の構造を持ち、立証できるはずで、さらに科学であれば反証できるはずです。
カール・ポパー「実在論と科学の目的」ですね。
そう、だから、アナロジカルな思考・思想の世界では誰についていくかが重要で、また、完全に先生を信奉してはならない、一種の謀反気、独立不羈の精神、自分の頭で考え自分で自分の思想に責任を持つ気概や覇気が求められます。
(↓オズの魔法使いの、カカシのように!)

新刊の数々を読んでいてわかったのは、いかに僕が愚かだったのかということでした。
例えば英国のインテリジェンス能力の低下はガーディアン紙に如実に現れていて、それは実際に英国が国力の実体であるエンジニアの不在やエリート層の知的にも精神的にも腐敗した姿、つまり紳士の国から匪賊まがいの国に堕しつつ在るという考察でした。
そして、それはアングロサクソンの暴走とやがては米国の日本に対する締め上げ、保護領である日本をドイツのように締め上げにかかってくる可能性を指摘していました。
東アジアがのきなみ出生率が低い理由を人類学的視点、家族の類型化から説明しそれらがピタリと符合するのにも驚きましたし、そこから援用してGDPだけではわからない韓国の悲惨な未来や中国が絶対に覇権国家にはなれない理由もゲロわかりやすくて卍スコヤバみ草生えた。

旧約聖書には預言者の話が出てきます。
王と聖職者、大衆とそして預言者。
預言者は予言しているのではない、ただ、真実を知っているだけなのだ。
「本当のことを言えば、世界の半分を凍らせる」
(´・ω・`) < あー、プレモダンの思考法おもろかったわ-やばみー。YouTube見よ。
僕は勿論、王でも聖職者でもない、実は預言者でもない、ジェレミー・ベンサムの言うところの古典的リバータリアン、一匹狼、ただの野良。
実は気分と感情が一番の気まぐれさで、たまにこういう記事を書くのさ♪
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